この事件の2年前に白人警官4人が黒人男性を暴行すると言う事件が勃発。

この時の裁判は白人住民の多い地区で裁判が行われた為か、

警官達は無罪放免になります。

この事で黒人住民が憤然。この経緯から今回の裁判はとても慎重なもの

となりました。

どのような裁判だったのか?

裁判官には黒人でも白人でもない日系人が選ばれます。

更に、検察は白人優位のサンタモニカを避けて、裁判管区を

ロサンゼルスのダウンタウンに移しました。

 

陪審員にも配慮し、黒人8人、中南米系2人、白人1人、

白人とインディアンの混血1人で黒人絶対多数で行われ、

更に、検察はO.J.シンプソンが有罪であっても死刑を求刑

しないという形をとりました。

 

スポンサードリンク

 

裁判の結果は?

1995年10月3日、O.J.シンプソンの無罪を評決。

その事で1996年10月23日には、殺害された前妻の

ニコール・ブラウンさんとロナルド・ゴールドマンさんの

遺族が慰謝料請求の為、民事裁判を提起。

1997年3月10日、O.J.シンプソンに850万ドルの

補償賠償支払命令と2500万ドルの懲罰賠償支払命令が

出され、家財道具が差し抑えられました。

 

この後、O.J.シンプソンは賠償金を支払う為に

かつての栄光の証であった“ハイズマン賞”のトロフィーを

売却したそうです。

 

その後、重ねた犯罪とは?

賠償金を支払う為にかつての栄光の証であった“ハイズマン賞”の

トロフィーを売却したO.J.シンプソン。

 

それを取り戻したかったという名目で2007年9月16日に

5人の男と武装し、ラスベガスのホテルに押し入って、多数の

スポーツ記念品を盗み逮捕されます。

 

この時の事をO.J.シンプソンは

「盗まれた記念品と妻子の写真を取り戻そうとしただけで、

銃等はもっていなかった」と主張。

 

この主張は認められず、2008年12月5日に先の犯罪と合わせて

33年の懲役刑が言い渡されました。

ですが、2013年5月に裁判のやり直しを求めています。

まとめ

精神病を患っていたと言われているO.J.シンプソン。

だからといって、行った行為は決して許されるものでは

ありません。

今回の【世界法廷ミステリー】では、新たな展開が出てくるのでしょうか。