衝撃!超逆転スクープ

超逆転スクープ オーストリアで少女誘拐監禁事件の内容、生還劇とは?現在の被害者ナターシャや犯人は?

更新日:

“少女が8年間誘拐監禁事件の結末に驚愕!”

 

1998年、オーストリアのウィーン。

 

 

当時10歳の少女が、学校に通う途中に誘拐

され、8年もの間監禁されるというショッキ

ングな事件が起こりました。

 

 

少女を誘拐し、監禁した人物の目的は一体

なんだったのでしょうか?

 

 

そして、少女が監禁から解放された生還劇

とはどのようなものだったのでしょうか?

 

いきなり愛する我が子がいなくなってしまう。

家族はどれほど悲しく、不安な日々を過ごし

ていたことでしょう。

 

そして8年後に生きて少女に会えた喜びは

計り知れないものだったでしょう。

10歳の少女が誘拐され、8年間監禁

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『衝撃!超逆転スクープ』の放送内容はこちら。

少女を地下室に監禁し続けた凶悪誘拐犯vs監禁3000日を生き抜いた10歳美少女
98年オーストリアのウィーンに母子で暮らす10歳の少女がこつ然と姿を消しました。警察が捜索するも手がかりは無し…母が殺害したのではと国民から疑われる事態に。実は彼女は謎の男に誘拐され防音の地下室に閉じ込められていました。扉はコンクリート製で、出入り口は金庫でふさがれ脱出は不可能、一体どうやって脱出したのでしょうか?そして犯人がとった驚きの行動とは―。

出典:目撃!超逆転スクープ公式サイト

1998年3月1日。

当時10歳の少女が誘拐され8年もの間監禁

生活を送るという信じがたい事件が起こりま

した。

出典:http://www.akb48matomemory.com/archives/1017940862.html

 

☆関連記事→超逆転スクープ 史上最悪ブラジルのバスジャックの内容は?犯人の名前や生い立ち、事件の結末に国民が涙

 

この事件が起こった際、家族が少女を殺害し

たのではないかとも噂され、家族も大変な思

いをされたようです。

 

 

8年もの間、監禁生活を経て、奇跡的に生還

した少女。

一体どのようにして監禁から逃れたのでしょ

うか?

ナターシャが監禁の場所は?

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ナターシャは8年もの間、監禁されています。

その場所はどのようなものだったのか?

 

ガレージ下の窓のない防音の地下室。

広さは5㎡

鋼鉄の扉はコンクリートで補強。

 

 

そして、出入り口は金庫で塞がれた状態でし

た。

 

 

また、この地下室から一時的に出ることがで

きましたが、行動範囲は、犯人の1m後ろ。

家事をさせられ、奴隷のような扱い。

ときには殴られることも。

 

 

犯人が仕事に出かけるときと、寝るときには

必ず、地下室に戻されます。

眠る時は手錠をかけられていました。

犯人の名前や人物像は?

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ナターシャが誘拐される現場を目撃した人物

がいました。

 

 

それは12歳の子供で、白いマイクロバスに

ナターシャが引きずり込まれるのを目撃した

と証言。

 

 

そこで警察は、776台のマイクロバスにつ

いて捜査。

 

 

その中で、一人の人物が浮かびます。

 

 

その人物の名前は

ボルフガング・プリクロピル。

当時36歳。

ナターシャの家から30分のところに住む元

エンジニア。

 

 

この人物が浮上した理由に、ナターシャがい

なくなった日のアリバイがなかったのです。

 

 

マイクロバスの所有理由についても、大量の

ゴミの処分のために使用していると証言。

 

 

なぜか、警察はそれ以上、彼について捜査す

ることはありませんでした。

 

 

しかし、まさしくこの人物が犯人でナターシ

ャを8年もの間監禁することとなるのです。

 

 

結果論になってしまいますが、事件当初に

プリクロピルについてもっと調べていたな

ら、今回のような悲劇は起こらなかったこ

とでしょう。

 

ナターシャを絶望に追い込んだ卑劣な犯人

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プリクロピルは、ナターシャを絶望へ追い込

んでいきます。

それは心理に語りかけ、肉体的にもダメージ

を与えました。

 

 

その内容は

「お前の家族は身代金の支払いを
拒否している」
「お前を厄介払いできて喜んでいる」

 

このように語りかけ、そして、プリクロピル

はナターシャに十分な食事を与えず、いつも

空腹状態にし、衰弱させて、逃げられないよ

うにしました。

 

 

 

ナターシャは、解放されたのちに以下のよう

に語っています。

「(自分を)ちゃんとベッドに連れて行って、
お休み前の話をしてくれるよう頼みました。お休みのキスまでねだるようになりました。どうにかして自分は普通の生活をしているんだと思い込もうとしたのです」

と。

 

 

孤独のあまりにナターシャは、犯人に安心を

求めるようになったのです。

どんなに辛い生活だったのか。

 

 

普通ならば、自分を誘拐し、虐待する犯人に

対して安心を求めるようなことはあり得ない

はずです。

 

 

このような状況からある心理学者は、長期間

監禁生活が続いた際、被害者が犯人に親近感

を抱く“ストックホルム症候群”に陥っていた

可能性があるとしています。

 

ついにナターシャが解放される時がやってきた!

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ナターシャが18歳になると、プリクロピル

は自分の横を歩くことよる外出を許可するよ

うに。

ですが、「少しでも声を出すと撃つ!」と脅

されていました。

 

そして2006年8月23日。

運命の日がやってきました。

 

 

ナターシャは庭で車の掃除をしていた時、プ

リクロピルの携帯が鳴ります。

 

 

プリクロピルは、掃除機の音から逃れるため

にナターシャの元を離れます。

 

 

この瞬間、ナターシャは、プリクロピルから

解放されるチャンスが訪れたのです。

 

 

ナターシャは、掃除機を置き、必死に郊外の

住宅の庭を走り抜けました。

そして道ゆく人に助けを求めます。

 

 

ですが、監禁されて逃げてきたということを

信じてもらえなかったのです。

そんな中、ある家の窓を必死に叩き、助けを

求めました。

 

 

その姿を見た住人。

ナターシャの姿に驚き、事情に戸惑いがあ

りましたが、警察へ連絡。

 

 

そして警察官が到着し、ナターシャは保護

されました。

 

ナターシャ保護の後、プリクロピルは?

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ナターシャが無事保護され、その後、犯人の

プリクロピルは逮捕されたのか?

 

実は、プリクロピルは、ウィーン北駅の近く

で列車に飛び込み、自らの命を絶ったのでし

た。

 

プリクロピルは生前、ナターシャに

「(自分を警察は)生きて逮捕すること

はない」

そう語っていたそうです。

 

 

プリクロピルは、ナターシャが逃げれば、命

を絶つと決めていたのです。

 

 

このことで、プリクロピルは、どうしてナタ

ーシャを監禁したのかという理由は闇の中に。

 

 

そしてナターシャは、プリクロピルが命を絶

ったことを知ると

「かわいそうな人」

と呼び、涙したそうです。

 

ナターシャは監禁から逃れたが、苦悩の日々は続いていた

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ナターシャは8年にも及ぶ監禁生活から解放

され、幸せな人生を歩んでいるものと思った

のですが、現実はそうではなかったようです。

 

やはり世間の目は、監禁されていた8年間に

どんなことがあったのか、そして自由になっ

た現在では私生活も好意の目にさらされてし

まっていました。

 

 

ナターシャは、監禁から3年経ったある日、

地元のラジオ局のインタビューで次のように

語っています。

「絶えず自己弁護をし、自分の方を正当
化し続けなければなりません。腰やことはとてもエネルギーが必要です。私がありのままでいることを許してくれる人は一人もいません。」

 

監禁犯から逃れることができたと思ったのに、

今度は世間の目が

彼女を監視しているような生活。

 

 

2007年12月にはボーイフレンドとのプ

ライベートな場面の写真を地元紙に掲載され

たことで、プライバシー侵害で訴えています。

 

 

ナターシャの本当の自由はいつ訪れるのでし

ょうか。

 

 

では今回はこの辺で。

みなさん本日もご訪問いただきまして

ありがとうございました。

またのご訪問をお待ちしております。

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