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小林信吾|キーボード 経歴や作品は?現在亡くなり、病名は?

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キーボーディストで音楽プロデューサーの小林信吾さんが、去る10月4日に亡くなっていたと報道されました。

享年62歳

 

あまりにも早すぎる死ではないでしょうか。

小林信吾さんは、これまでに多くの著名なアーティストと共演、編曲に携わっておられました。

 

今回は小林信吾さんの作品や経歴をご紹介いたします。

小林信吾が現在なくなっていた。病名(死因)は?

小林信吾さんは既に亡くなっていたとのことですが、病名(死因)はどのようなものだったのでしょうか。

それは

食道がん肉腫の術後転移再発

ということ。

 

報道によると、小林信吾さんは2017年6月に食道がんと診断され、手術を受けていました。

 

その後、退院して同年10月より音楽活動を再開していたということですが、転移が見つかり自宅で療養中だったとのことでした。

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小林信吾のプロフィール

 

小林信吾,キーボーディスト

出典:NEXTROAD公式Twitterより(左が小林信吾さん、右は友成好宏さん)

小林信吾さんのプロフィールをご紹介いたします。

・名前 小林信吾

・生年月日 1957年7月22日

・没日 2020年10月4日(享年62歳)

・出身地 東京都中央区

・最終学歴 『玉川川大学』

・職業 キーボーディスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー

小林信吾さんの音楽活動は大学在学中から始まります。

 

1991年に現在シンガーソングライターのKANさんのシングル『愛は勝つ』の編曲を担当。

このシングルが『日本レコード大賞』を受賞します。

 

1994年には、ソロアルバム『THE BORDERLAND』をリリースします。

 

『日本レコード大賞』を受賞した1991年ということは小林慎吾さんは当時24歳前後。

 

大学を卒業して間もなくして、編曲を担当した作品が『日本レコード大賞』を受賞するなんて、音楽の才能が優れていたということがよくわかります。

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小林信吾の経歴

小林信吾さんの主な経歴のご紹介です。

・2001年 浜崎あゆみの音楽監督に就任

・同年、友成好宏とのピアノデュオユニット「Maochica」やフュージョングループ「Vibes」を結成。

・2004年 平原綾香のプロデューサーに就任

また、沢田研二、角松敏生、中島みゆき、森川美穂等のレコーディングとライブツアーに参加

 

これら活動などに携わった著名アーティストはごく一部で、他にも数多くいらっしゃいます。

小林信吾の主な作品

では小林慎吾さんの主な作品をご紹介いたしましょう。

1999年に浜崎あゆみシングル7作目『LOVE〜Destiny〜/LOVE〜since 1999〜』(「浜崎あゆみ/浜崎あゆみ & つんく」名義)つんく♂プロデュースの編曲を前嶋康明と共同で担当。

※この曲で浜崎あゆみさんは『シングル曲オリコンランキング初登場一位』を獲得

2019年7月にソロアルバム『soliloquy』(配信限定)を発表。

この他にも多く編曲された作品があります。

 

また、今年2020年4月には、角松敏生さんがリリースのアルバム『EARPLAY〜REBIRTH 2〜』でアソシエイトプロデューサーを務めたばかりでした。

 

このことからも、ご本人は病の完治を信じていたことがわかります。

本当に、亡くなられたことは残念としか言い表すことができません。

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小林信吾がなくなり、ネットの声やまとめ

小林信吾さんが亡くなった事で、ネットには悔やまれるコメントが多く寄せられています。

・角松バンドのキーボードの人ですよね。
ブッチャー浅野さん、青木さん、ジャッキー高橋さんと今度は小林さ角松バンドのメンバーのアーティストが年々旅立ってしまいますね。寂しいです。

小林さんは中西圭三のプロデュースやサポメンもやってましたね。
ホントに実力あるミュージシャンでした。
ご冥福をお祈りいたします。

・あゆの全盛期にライブでキーボード引いて舞台監督としても活躍していたので知っていて悲しい気持ちです

たくさんのアーティストと一緒にライブされている方でしたのでがん治療から復帰期待していましたが残念です

・角松敏生が今年4月にリリースしたアルバム『EARPLAY〜REBIRTH2〜』では小林信吾さんをアソシエイトプロデューサーに迎えいました。まだまだ大活躍していたのに。

ご冥福をお祈りいたします。

・KANさんの歌大好きです。
「愛は勝つ」は名曲ですが、それ以外にも素晴らしい曲が多くてアラフィフになった今でも時々聞きます。
メロディーと歌詞が素晴らしいです。

・角松敏生さんのバックでは欠く事のできないメンバー。若い時はタモリの音楽は世界だ!のバンドでもお茶の間に音楽を届けていましたね。
たくさん良い音楽を生み出した、稼いだし、一時代を築き駆け抜けた人生だったと思います。
まだまだこれからでしたのに。残念です。
ご冥福をお祈りいたします。

・代表作として愛は勝つが書かれているけど、
この曲でって話じゃない、超ヒット多数の編曲家さん。
しかも若くしてヒットしたから、まだ若いはず!
と思ったら62歳…

本当に早すぎます。
印象的な華やかなアレンジ、キーボーディストらしいアレンジがたくさん思い出されます。

悲しいニュースですね。

・角松敏生さんのファンなのですが、またお一人角松バンドの大切なメンバーが旅立たれてしまった…
信吾さんのキーボードプレイとピアノ、大好きでした。
安らかにお眠りください。

・これはショック。作曲家、アレンジャーとして日本のポップスを創り支えてきた、本当の職人さん。80年代からゼロ年代、そして今に至るまで、CDや歌番組のクレジットで小林さんの名前を見ない日はないと言っていい。関ジャムみたいな番組で追悼特番をやってほしい。失われたものはあまりにも大きい……。

・若かりしあの頃、『愛は勝つ』というあまりにクサすぎる歌詞に反発していたものだが、歳を重ねるとやっぱり最後に『愛は勝つ』ものだと思うようになった。御冥福をお祈りします。

音楽に興味を持って接するまで気がつかなかったのですが、その曲が良いものになるのか、ならないのかは、作曲も作詞も大切ですが、編曲が一番大切だということ。

 

某音楽番組では、あまり編曲家に注目されないことを嘆いていらっしゃいましたが、まさにその通りだと。

 

編曲家はもっと注目をされてもいいのではないでしょうか。

 

本当に小林信吾さんが亡くなられたことは残念です。

 

なお、葬儀は故人の希望により、近親者のみで済ませたということ。

また、後日、お別れの会などの予定もないということです。

心より小林信吾さんのご冥福をお祈りいたします。



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