日本人のサンバダンサーの工藤めぐみさんが、“リオ五輪”の
開会式でダンスを披露しましたね。
この事はもちろん日本人としては初めての事。
いよいよ“リオ五輪”が開催しましたが、サンバダンサーの
工藤めぐみさんを調べてみましたよ♪
工藤めぐみさんのプロフィール
生年月日 1985年9月3日
出身地 兵庫県神戸市
9歳からクラシックバレエとサンバを習い始めます。
2004年、高校を卒業すると、ダンスのインストラクターに。
大学1年生の時、休学。
サンバの本場“リオデジャネイロ”に半年間留学します。
帰国すると、半年間休学したにも関わらず、4年間で卒業。
2008年に再びリオデジャネイロへ。
オーディションを受けながら、経験を積んでいきます。
帰国すると出身地である神戸でダンス教室「MEGUサンバダンス」を主催。
神戸のサンバチーム「BLOCO Fei jao Preto」(プロコ・フェジョンプレット)のダンサーリーダーを務めます。
サンバを始めたきっかけは“あの大震災”だった
工藤めぐみさんがサンバを始めるきっかけとなったのは「神戸まつり」で披露されるサンバダンサーを募る記事でした。
丁度その頃、1995年、「阪神大震災」が起こりました。
当時小学校3年生だった工藤めぐみさんは自宅は神戸市須磨区に住んでいました。
その為、自宅は半壊してしまいます。
また、神戸市の長田区に住んでいた曾祖母は大けがをされたそうです。
そんな大災害があり、工藤めぐみさんの家族はもちろん、周りの人々の気持ちも塞いでいきました。
そん中、工藤恵さんのお母様・妙子さんが先程の記事を見つけます。
その時「みんなが元気になることがしたかった」というお母様の妙子さんに、娘の工藤めぐみさんが誘われ、この「神戸まつり」に参加を始めた事が、サンバとの出会いだったそうです。
お母様と一緒に写っているお写真ですが、お母様、美人ですよね!!
本格的にサンバダンサーを目指したきっかけ
サンバダンサーと言えば、とても派手なデザインの衣装を身に纏い踊る事ですよね。
やはり始めは派手な衣装を着る事が恥ずかしかったそう。
ですが、踊っている姿を見てくれている人々が喜んでくれている姿を見て、嬉しかったそうです。
あんなに塞ぎ込んでいた人達が喜んでくれている姿を見て「サンバは元気になれる!」と思ったそう。
そう思うようになり、益々サンバの魅力に取り憑かれ、単身でサンバの本場、“リオ”へ渡る事を決意します。
それは2004年の事だったそうです。
1995年で小学3年生という事は10歳でしょうか。
そこから考えると単身“リオ”へ渡ったのは19歳という事ですね。
工藤めぐみさんが単身赴いた地は
とんでもない土地だった?
工藤めぐみさんが成し遂げた快挙とは?
続きは次のページへ!!