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大島由加里はシンシア・ラスターで現在や年齢やWIKIプロフは?結婚と旦那や子供はいる?【爆報】

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大島由加里さんが『爆報!THEフライデー』に出演します。

大島由加里さんは“シンシア・ラスター”という名前もお持ちです。

どちらかというとこの名前の方が“ピンツ!”とくる人が多いのではないでしょうか?

日本人でありながら、女性アクションスターとしてアジア系で大ブレイクした大島由加利さん。 今現在は故郷である福岡県に戻ってきているといいます。

また、以前のようにアクション俳優としての活動は目立っていません。

大島由加里さんの今現在や“シンシア・ラスター”という名前なのかなど調べてみました。

大島由加里が出演『爆報!THEフライデー』放送内容

大島由加里さん出演の『爆報!THEフライデー』の放送内容がこちら。

 ▼80年代活躍したジャッキーチェンの美人愛弟子は今… ▼アジアNo.1の???になっていた!

ジャッキー・チェンさんの愛弟子だったんですね。

世界で活躍している大島由香里さんですが、どんなかたなのか見てみましょう。

大島由加里がシンシア・ラスターの理由は?

大島由加里さんのファンの方なら、どうして“シンシア・ラスター”という名前を名乗っているのかご存知でしょう。

ですが、ご存知でない方の方が多いのでは?

筆者もその一人です。

シンシア・ラスターという名前の理由は・・・

“フィリピン側が映画『上海エクスプレス』で共演の女優・羅芙洛さんと同じように売り出したかったため”

 

でした。 『上海エクスプレス』に出演の羅芙洛さんは“シンシア”だった為ということや、大島由加里さんには英語名がありませんでした。

そこで“シンシア・ラスロック”という名前から“シンシア”をとり、プロデューサーが“ラスロック”という呼び名が訛ってしまい“ラスター”に。

この“ラスター”には

“星のようにシンシア(大島)を輝かせよう”

という意味が込められているそうです。

大島由香加里さんを調べようとすると“シンシア・ラスター”という名前で検索されますものね。

ちょっとびっくりでした。

このことからも、大島由加里さんはフィリピンでとても有名であることがわかりますね。

大島由加里の今現在はアクションスクールで活躍

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大島由加里さんは帰国後、福岡県を拠点に活動をしています。

実は、35歳の時に撮影で左足の靭帯を2本切るという大怪我を負ってしまいます。

この怪我がきっかけで、アクション女優を続けて行くことを断念したのです。

そして、故郷の福岡県で、後進の育成のためスクールで指導することとなりました。

大島由香里さんは『シンシア ラスターアクション スクール ラスタプロ』でアクション俳優やスタントマン、スーツアクターの育成に携わっています。

このスクールは、“ラスタープロ”と“ヒューマンアカデミー”が共同で立ち上げたもので、大島由加里さんを中心に日本や海外で活躍できる俳優を育てています。

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Yukari Oshima writing on the blackboard. #yukarioshima #cynthialuster #hongkongmovie #martialarts #kungfu #エンタメ#ヒューマンアカデミー

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学べる内容は、日本ではなかなか学ぶことのできない中国武術、フィリピン武術アーニス(スリ)、シラットなど学べます。

また、海外進出のためには必須となる英語や中国語も学ぶことができます。

このように現在は、LusterGroup.代表として、自身のアクションスクールLASでの指導、ヒューマンアカデミー福岡校の特別顧問を務めています。

この『シンシア ラスターアクション スクール ラスタプロ』については、lusteraction@gmail.comもしくは、窓口担当woosuuまでお問い合わせくださいとのことです。

大島由加里の本名や年齢WIKiプロフ

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大島由加里さんの本名や年齢WIKIプロフの紹介です。

出典:Twitter

大島由香里さんはこんな人

・名前 大島由加里

・本名 津村ゆかり

・別名義 シンシア・ラスター・大島由加利

・生年月日 1963年12月31日

・出身地 福岡県福岡市西区

・最終学歴 『日本体育大学』女子短期大学部体育学科

大島由加里さんの年齢は56歳(2019年現在)

大島由加里さんは将来、体育教師を目指し、新対象や剛柔流空手を学び、『日本体育大学』女子短期大学部体育学科へ進学。

大島由加里さんが“大島”と名乗っている理由ですが、それは、大島由加利さんが『日本大学』の短大生だった頃まで遡ります。

当時、アルバイトの休憩中に

『倉田アクションクラブ、香港で活躍中』

という記事を読んでいました。

するとある男性から

「君はアクションに興味があるの?

だったら僕は倉田保昭さんを知っているからよかったら電話してみようか?」

と声を掛けてきた男性が。

その男性の名前が“大島”さんでした。

そして1982年の19歳でアクション俳優の世界へ。

20歳には香港へ。

さらに10年後にフィリピンへ。

そして1998年には帰国し、福岡に活動拠点を移しています。

大島由加里の経歴

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大島由加里さんの主な経歴のご紹介です。

・1984年 東映スーパー戦隊シリーズ『超電子バイオマン』のファラキャット役でデビュー

・1986年 映画『上海エクスプレス』でアジアデビュー。

ジャッキー・チェンの事務所“アーティストキャンパス”に移籍。

約10年間活動。

約70本の映画に出演し、香港映画のスターに。

・1997年 活動拠点をフィリピンへ。

ここでも約10年間活動し、フィリピンでも国民的スターへ。

・1998年 撮影中の怪我により、アクション俳優を断念。帰国。

・2004年 映画『CUTIE HONEY』で繰り広げられる格闘シーンの武術指導を担当。

・2011年 ジャッキー・チェンとフランキー・チャンより映画出演のオファーを受け、『楊門女将』に出演。

この作品は2012年に『女ドラゴンと怒りの未亡人軍団』というタイトルで日本で公開。

・2013年 『第一回 ジャパンアクションアワード』優秀アクション女優賞、最優秀特別アクション厚労省を受賞。

ジャッキーチェンさんと同じ事務所に所属していたり、直々に映画出演のオファーを受けるなんて、大島由加里さんのアクションは凄いということですね。

大島由加里の主な作品

次に、大島由加里さん出演の主な作品のご紹介です。

・1984年 『超電子バイオマン』

・1986年 『上海エクスプレス』

・1989年 『天使行動』

・1989年 『天使行動』

・1990年 『The Outlaw Brothers』でジャッキー・チェンとともに武術指導を担当

・1991年 『力王 RIKI-OH』

・1993年 『プロジェクトS』

・2012年 『楊門女将』(邦題:女ドラゴンと怒りの未亡人軍団)

大島由加里が“大島”と名乗る理由

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この大島さんのおかげで大島由加里さんは、倉田保昭さんに会うことができました。

ですが、大島さんからいきなり倉田保昭さんの弟子になるのではなく、演技の勉強をしてからアクションの道へというアドバイスを受け、『劇団あすなろ』へ。

そして1984年に『超電子バイオマン』でファラキャット役としてデビューすることになります。

この時に“大島ゆかり”という芸名に。

“大島”を名乗ることで、アクションの世界へ導いてくれた恩人に活躍しているところを見てもらうことで、いつか会うことができるかもしれないと思い、名乗ることにしたのです。

のちにこの大島さんは、倉田保昭さんの弟子であることがわかります。

そして、某番組で大島さんを探し出してくれましたが、取材は丁寧にお断りを受けたと言います。

大島由加里の結婚、旦那や子供は?

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大島由加里さんは2003年に結婚。 子供もいます。

子供は44歳の頃に生まれたということですので、小学6年生か中学1年生でしょうか。

旦那さんがどんな方なのかは、わかりませんでしたので、おそらく一般人の方ではないでしょうか。



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