ショパン【音楽白熱教室】ピアノの詩人、出生や経歴、恋愛、楽曲や名曲「革命」に秘められた想い

クラシック音楽

フレデリック・フランソワ。ショパンの主な経歴

1810年、ワルシャワ公国ジェラゾヴァ・ヴォラに生まれます。(諸説あり)

1816年、6歳にはピアノの指導をうけます。

1817年、7歳で「ポロネーズ」を作曲

1818年、8歳にはワルシャワで公開演奏をしています。

1826年、16歳でワルシャワ音楽院に入学。

1929年、同学院を主席で卒業し、ウィーンで演奏会を開く

この後、ウィーンやパリへ。

1836年、26歳の時、マリア・ヴォジンスカに求婚しますが

ジョルジュ・サンドに出会い、1837年、マリア・ヴォジンスカとの

婚約が破棄されます。

1838年、ジョルジュ・サンドとの交際が始まります。

1839年、ショパンは幼少の頃から、肺を煩っており、冬はパリ、

夏はジョルジュ・サンドの別荘で過ごします。

1847年にジョルジュ・サンドは小説「ルクレツィア・フロリアー二」

出版します。

この頃、ジョルジュ・サンドとショパンの仲が悪くなっており、

この小説の内容が裕福な女優の主人公と体の弱い王子の話しとなっていて、

女優がサンド、王子がショパンであると解釈でき、その失礼な

内容に二人の関係は益々悪くなります。

1847年、ショパンとジョルジュ・サンドは10年に及ぶ関係に

終止符を打ちます

1848年、パリで演奏会を開催。

1849年10月17日39歳で永眠。

ショパンの死因は幼い頃から抱えて来た肺結核が原因とされていますが

他の疾患で亡くなったのではと言われています。

また、遺言により心臓がポーランドの持ち帰られ、ワルシャワの

聖十字架協会に埋葬されます。

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