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タイタニック号沈没事故 イジドーとアイダ夫婦の愛の軌跡と救命ボートに乗らなかった決断の理由に感嘆!

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あなたは、『タイタニック号沈没事故』をご存知でしょうか?

きっと映画『タイタニック』としてご存知の方が多いと思います。

映画の主人公は架空の人物です。

主人公ジャックとローズの愛の物語は素晴らしいものでした。

この映画の中にもう一つの愛の物語が映し出されていたことをあなたは知っていたでしょうか。

それも実在した夫婦の愛の物語を。

その愛の物語の主人公は夫・イジドー・ストラウスさんと妻・アイダ・ストラウスさん夫婦

映画の中でどのように描かれ、実際はどんな夫婦だったのか、ご紹介いたします。

タイタニック号沈没事故とはどんな事故だったのか

『タイタニック号沈没事故』とはどんな事故だったのでしょうか。

1912年4月14日の夜から4月15日の朝にかけて、イギリス・サウサンプトンからアメリカ合衆国・ニューヨーク行きの処女航海中の4日目に、北大西洋で起きた。当時世界最大の客船であったタイタニックは、1912年4月14日の23時40分(事故現場時間)に氷山に衝突した時には2,224人を乗せていた。事故が起きてから2時間40分後の翌4月15日の2時20分に沈没し、1,514人が亡くなった。これは1912年当時、海難事故の最大死者数であった

出典:Wikipedia

北大西洋のニューファンドランド沖で氷山と接触し、沈没。

乗組員、乗客2,224人のうち、1,500人以上が亡くなるという大変痛ましい事故です。

乗組員と乗客1000人以上が、船もろとも海に引き込まれました。

また、海に投げ出された人々の多くは、低体温症で命を落としたと言います。

タイタニック号沈没に老夫婦の愛物語が

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夫婦の名前はイジドー・ストラウス(当時67歳)さんとアイダ・ストラウス(当時63歳)さん

この夫婦は、映画『タイタニック』に登場しました。

映画の中では徐々に沈む中、ベットの上で手を握りしめ、最後の時を待つ老夫婦として描かれています

この映画の主人公については架空の人物であったということですが、あのシーンの老夫婦は実在していたのです。

映画には未公開シーンがあり、イジドーさんがアイダさんを救命ボートに乗せようとするも拒否をするというシーンが。

ですが、映画の演出上、実際の姿は描かれていなかったとのこと。

実際のイジドーさんとアイダさんとはどんな方で、どのような結末を迎えたのでしょうか。

イジドーとアイダの年齢や出会い、軌跡について

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タイタニック号の沈没事故の中、実在したイジドーさんとアイダさんの年齢や出会い、軌跡についてご紹介です。

イジドー・ストラウスさんについて

・名前 イジドー・ストラウス

・生年月日 1845年

・出身地 ドイツ・オッテンブルク

アイダ・ストラウスさんについて

・名前 アイダ・ストラウス

・旧姓 不明

・生年月日 1849年(年齢から推定)

・出身地 不明

2人もに一般の方なので、詳しい情報はわかりませんでした。

イジドーさんは1859年中頃にジョージアに渡り、その後、ニューヨークに移住します。

そして、イジドーさんはいつからかわかりませんが、アメリカの百貨店『メイシーズ』の経営者に。

その時に妻となるアイダさんと出会うことに。

1871年、イジドーさんはアイダさんにプロポーズ。

イジドーさん26歳、アイダさん22歳の頃でした。

2人は人目をはばからず、街中で手を繋いだり、キスやハグをするほど、仲睦まじく、共に愛し合っていました。

1894年にイジドーさんは民主党から下院議員になったことで、海外に長期滞在。

それでも2人は毎日欠かさず、手紙のやりとりをしたと言います。

1872年には長男・ジェシーが誕生。

その後、5人の子供に恵まれ、6人の子供を授かります。

イジドーとアイダは、救命ボートに乗らなかった理由に感嘆

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イジドーさんとアイダさんは南仏でバカンスを過ごし、ニューヨークに戻る際に事故に遭ってしまいました。

この時に限って、いつも利用している船が遅れていたために、タイタニック号に乗船。

2人はスイートルームに宿泊。

この夜にタイタニック号は氷山と接触し、イジドーさんとアイダさんは、タイタニック号と共に海へと沈んでいきました。

ですが、本当は救命ボートに乗ることができていたのに、乗らなかったのです。

その理由はどのようなものだったのか。

イジドーさんとアイダさんは乗組員の指示通りライフジャケットを着け、デッキへ。

救命ボートには、優先的に女性や子供、そしてファーストクラスの乗客から乗ることに

イジドーさんとアイダさんはファーストクラスの乗客だったため、優先的に救命ボートへ。

ですが、イジドーさんは乗らなかったのです。

「女性や子供たちが全員無事に脱出するまでは乗ることはできません」

と、拒否したのです。

航海士たちに説得されるも、応じなかったと言います。

先に救命ボートに乗っていたアイダさんは、イジドーさんの発言を聞き、自らもボートを降り、イジドーさんの元へ。

アイダさんは

「私たち夫婦は40年も素晴らしい人生をともに過ごし、6人の子供や地にも恵まれた。

あなたがボートに乗らななら、私も乗らないわ」

と語り、イジドーさんとアイダさん夫婦は救命ボートには乗りませんでした。

イジドーとアイダの命を奪ったのはタイタニック号の沈没ではなかった

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こうして、イジドーさんとアイダさん夫婦はタイタニック号に残り、共に命を終えるのです。

映画では、2人の命が終えたのは、ベットの上ということになっていますが、真実はそうではありませんでした。

2人はデッキの上で、波にさらわれ亡くなったのです。

その時の状況を知る人物によると、最後まで2人は抱き合っていたと言います。

2人がお互いを想い合う愛の深さがどれほどのものだったのか。

2人の死は本当に悲しく、残念でなりません。

イジドーとアイダはどうなったのか

タイタニック号の沈没により、イジドーさんとアイダさんは海へと消えて行きました。

その後、2人はどうなったのか。

後日、イジドーさんの遺体は見つかりましたが、残念なことにアイダさんは見つかっていません。

そしてイジドーさんのズボンのポケットからロケットペンダントが見つかります。

中には長男と長女の写真が。

のちにそのペンダントは家宝として代々受け継がれ、現在はひ孫で歴史家のポール・クスマンさんが所有しています。

終わりに

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とても強い愛という絆で結ばれていたイジドーさんとアイダさん夫妻。

しかし、残念なことにアイダさんは見つかりませでした。

1912年5月12日にカーネギーホールで2人の追悼式が行われました

その時の参列者は6,000人

自分たちより女性や子供たちの命を最優先に思いやった夫婦。

人々はそんな夫婦の死をどれほど悼み、悲しんだことがわかります。

そしてニューヨーク・ブロンクスにある“ウッドローン墓地”に埋葬され、記念碑が建てられました

その記念碑には・・・

“Many waters cannot quench love,

neither can the floods drown it”

(“水がいくらあっても恋のほのうは消せない。

浸水で押し流すこともできない”)

と刻まれていると言います。

天国でイジドーさんとアイダさん夫妻が幸せに過ごしていることを願うばかりです。

では、今回はこの辺で。

みなさん本日もご訪問いただきまして

ありがとうございました。

またのご訪問をお待ちしております。

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